ニューハーフヘルス嬢と普通の家族

私の名前は由依。それ以上でもそれ以下でもなくただの由依。由依を名乗る以前は両親からもらった本庄悟っている名前があったけど、この名前と決別してからもう10年の月日が経とうとしていた。それは同時に私が家族と一切連絡を取らなくなったと捉えてもらっても構わない。
男の子が好きだということを打ち明けてニューハーフになる許可を貰おうとしたあの日、私はテレビでニューハーフが活躍し始めていたことからすんなり公認の許可を貰えるものばかり思っていた。だからごく自然に日常生活の何気ない会話をするようにして「俺実は、ニューハーフになろうと思っているんだ」と告げた。
するとさっきまで食事の音や会話の音で賑やかだったうちの食卓はキーンという効果音がするほど静まり返り、両親と弟の視線をニューハーフの私は一気に浴びることとなった。みな何と声を掛けてよいのかわからない様子だったが、同居していた祖父が声を荒げた。
「今すぐにこの家から出ていきなさい。我が家がおかしな家とみられるから」
頭に血が上った私は必死に言い返したのだけど、時代を知ろうともしない頑固者の爺さんを説得することは出来ず、私はその日のうちに荷物をまとめて家を飛び出した。両親や弟には感謝の気持ちと別れの挨拶を書き記した手紙を残して私は深夜、誰にも気づかれないようにして家を出た。携帯電話も置いてきたのは私の決意の表れ、今後は家族に迷惑を掛けないように一人でニューハーフとして生きていくんだと決めたのだ。
ニューハーフの本場新宿2丁目へと上京してきた私は、マスターがニューハーフのバーで従業員として雇ってもらえることになって順風満帆にニューハーフとしての新生活を過ごしていたのだけど、お店にやってきたホストに惚れてしまい優しくされたくてホストに通うようになってしまいました。とてもじゃないけどバーの収入だけでは資金が足りなくなったため、ニューハーフヘルスでホストに貢ぐためのお金を稼ぐことにしたのだけど、ニューハーフヘルスは私にとって天職ともいえる場所で、ニューハーフに興味のある男の人と気軽に出会えて、ホストのように女遊びを散々してきた人もよく訪れてさらにはお金も貰えるから最高でした。
だけどニューハーフヘルスで働き続けて8年、家を飛び出してから10年の年月が経ったある日、ふと思ったの。このままでいいのかなって。確かにOLよりも遥かに稼げて、ニューハーフが好きなノンケの彼氏もできて、ホストのようなイケメンと毎日のように性行為ができる今の生活には大満足だけど、ふと家族の事を思い出したの。
祖父の反対を押し切るようにして勢いそのままに家を飛び出して、今日に至る私だけど両親や弟への愛情を失ったわけではなくむしろ恋しすぎて枕を濡らしたこともある。だけどギリギリのところで家族に会うことを拒んだのは、祖父に会いたくなかったっていうのもあるけど祖父と同じように家族まで私の事を拒絶してしまったらどうしようかという不安が頭をよぎったから。
だから我慢していたんだけど、この前渋谷区で同性婚が認められる条例が発表されたおかげで私たちニューハーフに対する世間の評価も変わってきたのかなって思い始めたわけ。それで彼氏がキチンと私の両親にご挨拶したいっていうものだから、私も意を決して10年ぶりに家族へと会うことにしたの。もちろんありのままを見てほしかったから男の格好ではなく、ばっちりメイクをして小奇麗になったニューハーフヘルスで働く私の姿をして。
電車を乗り継いで実家に辿りついたのだけど、緊張しすぎて玄関ドアまでの記憶が全くなかった私。いざピンポンをして家に入ると両親と弟が出迎えてくれて
「お帰り」
と私を見ても一切の動揺をせず受け入れてくれたの。普通の家族に生まれて幸せだなって感じた瞬間でした。

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